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そうだ僕らはアイドルだ。

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無題

感動ってなんだろねい

私は好きな映画のサントラを聞くだけで
泣いてしまったりする
差別が主題の物語なんて読んだ日には
10年はき続けてるスエットのゴムかよ
ってくらいに涙腺がゆるっゆるになる。
ダム崩壊、津波被害。


人って意外とすぐに感動してしまうのに、
なんでか自分の感動する気持ちを特別視している節があるよなぁ

特別視するだけならいいけれど、
そこを根拠にして人生を決めてしまったりもする

「子供の頃マジックをみて感動したのでマジシャンになろうと決めました」
なんて具合である。

そりゃあ感動するだろう
子供だもの、なんだって新鮮だろう。
結局タイミングの問題なんじゃないか
心がすっと素直だった瞬間に
偶然それを経験したってだけで
実際なんだってよかったんじゃないかと思う

偉そうなことを言っているが
私も例に漏れず絵画に、美しい絵を描く人に、人がこんな美しいものを生み出せるという可能性に、
小さい頃にうっかり感動してしまって
ここまで突っ走ってしまったのだけど。

話がぐちゃぐちゃですが
なんの話がしたいかっていうと
昔は感動したものの模倣をしていたけど
いつのまにか誰かを感動させたいって
思うようになってたなあという話で。

いつのまにか自己満足じゃだめになってたんだよな。
絵なんてアートなんて自己満足でしょと
皆さん思っているでしょうし
部分的にはその通りです。
でも他人からの評価を求めてしまうのだよね。結局。
自分が泣きたくなるほど綺麗な絵を描けるようになることより
その絵を誰かに見せて泣いてもらえるようになりたいと思ってしまう
いつのまにか感動させたい対象が
自分から他人に変わってしまった。



人って結局、一人じゃだめなんだろうな
パートナーが必要とか
そういう話ではなく、
人生はすこぶる長いので、
自分だけの満足を追求していたら
すぐ飽きてしまうんだろう
だから、誰かに何か影響したくなってしまうのだろうなと思う。

結婚って今じゃ制度的に疑問があるし
する必要性を感じない人もたくさんいると思うのだけど
結婚する理由は、愛とか運命とか生活とかじゃなくて、一面をクリアして二面にいくような、
次のステージにいくようなもんなんじゃないかな。
独身ステージのダンジョン全部回っちゃったし、
出てくる敵もアイテムももう全部見たことあるやつだけだな〜
ってなってしまったら、
結婚っていう別ステージにいきたくなるんじゃないかな

話が逸れたけれど、
だから、私は何か物が作りたくなってしまうし
自分が満足するものじゃなくて
誰かを感動させるものを、と思ってしまう

他人の評価なんて流動的で
何も確かじゃないのに
そこに自分の存在意義を見出してしまうんだよな。

人に教えてもらってすごく好きになった歌の歌詞に
「変わってくのはいつも風景」
という節があって
全くその通りだとおもう。
私自身の変化に合わせて周りが変わっていくわけではない
そんな明瞭なシステムじゃないのだ。

しかも感動なんて、
最初にいったように驚くほどすぐしちゃうもんだし
そこに価値を見出すのは
やっぱりアホらしいと思う。
開き直って自己満足ですって
言い切ってるほうがいい気もする。

でもそれに大きなやりがい感じちゃうんだよな
誰かを感動させること
誰かを楽しませること に
ひとりで生きるのはつくづく無理なんだなって
思うね。
少しくらい自分の感動や自己満を基準にしてあげないと
どこかでボロボロになってしまいそうだから
そこは気をつけなきゃだけど。
気をつけます。

ひとりごとおわり。

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恋愛相談のこと

数ヶ月に一回
「あれ?私、ブログあるわ」
って思う日がくるんですよね。

いやもうすっかりツイッターとインスタに
日常記録ツールの座を奪われてるよね

でもやっぱり時々
長い文を書きたくなるから
開いてしまいますね。
といっても今日はほんと
書きたいこともなんもなく来たので
ゴミみたいな駄文書き捨てていくだけだけど。

さて私は22歳になったわけです。
女は21から全員ババアだと思っているので
まぁババアも板についてきたんですが


恋話が好きだわ


もう、痛々しいよね?
ババアになっても惚れただの腫れただの
いい加減みっともないよね?
ババアしっかりしろよって?

うるせぇよ!!!!!


好きなんだよ!!!!!!
世界を回してんのは
愛(と性)だろうがよ!!!!!!!



というわけで懲りずに好きなんですが
最近、恋愛相談ってなんなん?
という気持ちが急遽浮上中で。

こんなことインターネットで
いっていいのかよってかんじなんですけど
私最近までとてもよくない恋愛をしていて
望みも未来もないやつ
それで、友人にバンバン相談してたんですよ。

私はよく恋愛相談をされる方で
いつもそれに対してベストアンサーを自分の中で
出してるつもりだったし
相手も大抵
「相談してよかった〜〜」
みたいなこというから
いやこれ今日も救っちゃったな、人
みたいな
世界を少し幸せにしちゃったな
みたいなヒーロー気取りしちゃってた

でも本気で相談する立場になって気づいた




マジ、聞く気ねぇ





恋愛相談において、他人の意見、めっちゃどうでもいい


てか、じぶんで何日もぐるぐる考えたことを人に聞いたとこで
自分よりしっくりくる結論なんて
出るわけがねぇし

恋愛関係って異常なものだから
他人には内部のこととてもとても通じないし
全然意味ないなこれ!!
これいままで真剣に乗ってきた相談
多分全然意味なかったなこれ!!!

だって言うもん!
聞いてもらったからには
「ありがとうほんと相談してよかった」

って!!!
思ってねぇのに!!!
相談する前と後で
精神状態一ミリも変動してねぇよ!!!

クソ女どもめ!!!




もう真剣に恋愛相談なんてのらないぞ
と心に誓いました

自分の中で静かに消化されるのを
待つしかないんや恋愛感情なんて

つらいっていう女の子を見て
本当に幸せになって欲しくて
ああしろこうしろいっても駄目で

その時にできることは
つらいね、仕方ないそういうこともあるよ
っていって一緒に泣くことだけなんや

女の子のそういうどうしようもないとこ
むかつくけど可愛いし愛おしいな

おわり

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昔の自分もよかったよっていうひとりごと

過去の自分を振り返る誰かの記事を読んで
突然いろいろ考え出してしまったので
ここにダラダラ綴りますが

私はなんともめんどくさく人を馬鹿にしがちな人間だった。

中学高校の時は本当に「なぜ私以外の人はこんなにもバカなのか」と思っていたような気がする。「なぜこんなにも世界はつまらないものしかないのか」と思った。
CMを見ても映画を見ても漫画を読んでも人を見ても批判だけを探した。女優が、作画が、脚が…。そこだけ見ていたら世界は本当につまらなくてくだらなかった。

なんだってあんなに人の上に立とうとしていたのかなぁ、と考えてみたり人に話すと
中二病じゃない?という答えがすぐでてくる。若かったじゃない?とか。
でも、中二病なんて誰かが揶揄してつくった言葉で解決していいのかな。思春期が、ホルモンが、なんて、タイトルが与えられたから納得してしまうけれど、本当にそんな絶対的な他力でそうされていたのかな、それだけではない気がする。
例えば今の歳だと、生理前にイライラしたり人に当たったりしたら「生理前だからホルモンのせい」とか思ってしまうけど、本当だろうか。
本当に嫌な人間なのではないの?本当に生理前以外はいい人間なの?
生理前は、人を傷つけていいの?

私も女の一員で、ほんとに生理前はイライラしやすい、と実感的にわかっている。
でも、だからってそれが全てではないじゃないか。

私が中学高校の時は、「中二病」という言葉を知っていても「そんな大人がつけたタイトルだけで解釈できる状態じゃない」と思っていた。
21になって、忘れていたけれど
思春期 なんて言葉で、中二病なんて言葉で括っていい日々なんかじゃ無かったと思う。

「箸が転がっても笑う年頃」だった私は、本当に友達の一言一言に大笑いして、呼吸困難直前のようになっていた。友達が他の人と仲がいいのが許せなかった。毎日毎日遊んでも遊び尽きなかった。
思春期だからなんかじゃない、私の心はもっと開けていた。新鮮なことがたくさんあって、いつも感動があった。新しいものを探すエナジーがあった。
人を今よりもバカにしていたけれど、今よりも愛していた気がする。
毎日はつまらなかったけど、今と比べたらずっとずっと無駄を楽しんでいた。
わはは。ここまで書いて今気づいた。
私の中高時代、全然つまらなくないじゃないか。
中二病という言葉で昔のキラキラを忘れて今を肯定しようとしていたのかな。
昔の私とてもキラキラしてるじゃん。


高校でわたしは美術部に仮所属していたけれど、新しい絵を描き始めようとラフスケッチをした中に、広大なスペースに何千何万の宝箱のようなものが敷き詰められていて、どれを開ければいいのかわからない女の子が真ん中に立ち尽くしているというスケッチがあった。
私の周りはあまりにも可能性と希望に満ちていて、それが怖いとさえ思った。(今も少し思うけど)

男の人に好かれること、脚が細い事が、世の中で一番大切に思えた。

でも、今は持て余してしまう何もない休日を、笑って過ごすことができた。

いつからこんなにタイトルに頼るようになったのか。考えることも覚えていることも怠けてしまっている。
今の自分を肯定したいのかもしれないな、だって過去には帰れないわけだし。

この前、諸用あって昔の自分のツイートを遡ったら、
当時好きだった人との会話が残っていた。

もう、ほんと、顔面から火を噴くどころか
溶岩が湧き出て顔面ドロドロに溶けそうだったけど

超愛、溢れてたよ
趙だけに。
いやはや、好きだったな〜。

なんだかんだあり今はもうずっとずっと嫌いになってしまった
そうすると好きだったなんて感情が
あったことさえ忘れてしまうのだな。
というかなかったことにしたくなる。
だって、戻れませんし。

昔のキラキラを思い出すだけ辛いのかもしれない。
でも認めてあげたいな。
キラキラしてたんだし。
安い言葉だけど、かけがえのない時間だったわけで。
全力だったわけだし。
昔のいいところも見つめていこうと思いました。
突然のひとりごとでした。
おわり!

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百円の恋と千円の戦い

この前百円の恋という映画を友人Mと観に行きまして。

その日はもうめちゃめちゃに寒くて

待ち合わせの時に少し早く着いてしまったので
自販機で温かいコーヒーを買って飲みまして。
120円で買える幸せ、すごいよね。

そんでMちゃんがついてから
彼女がスタバでコーヒーを飲みたいなんていうから
つい私もトールのチャイティーラテを買いまして、
新宿の映画館に乗り込んだわけです

小さな映画館で
あったかいチャイ片手に
不思議な空気感の邦画

これが文化的で充実した休日じゃなかったら
いったい何が文化だよ、と。
思うよね?私も思った。

映画もね、いい感じで、もう
ヒロインの恋する相手を演じる新井さんが
なんとも良くて。
好きなタイプのクズで。

ストーリー的には
バイトや家族や恋やセックスすべてに
主人公がこれでもかってほどつまづいて
そこからボクシングを始めて
自分を見つけ出していく
的な話なんですけど

主人公(サクラ)が
ボクシングっていうものにたどり着いた時あたりで

私の文化が、
250mlのコーヒーとトールのチャイティーラテが、




私の膀胱に辿り着いちゃって




いやいや、まぁね
21年生きておいて
コーヒーの膀胱までのダッシュが
いかに早いかぐらい知ってたはずだった

でもさ、寒くて。
膀胱のこと忘れてた。

一刻もはやく、室内で座りたくて。
膀胱の意見、無視してた。
映画館のちょっと奥にあったトイレに対して
中二の女子グループのリーダー並みのガン無視を食らわせてた


スクリーンでは
サクラ、最初はパンチのフォームヘロヘロだったのに
どんどん早くて力強いパンチを
打つようになっていってて

私の文化(尿意)もね、
どんどんその姿を露わにして来てた。
力強くなってた。確実に。
『オヤ…?ボウコウ ノ ヨウス ガ…?▼』
ってナレーション入ってた
なんなら膀胱ピカピカ点滅して見えた
進化直前の雰囲気高まってた

でも負けるわけにいかねーと。
サクラが辛いトレーニングに耐えて
目標を見つけたお陰で
だらしなさが一転して、
ジョギングに朝から行くようになってる時に

サクラがこんな頑張って自分と戦ってる時に
私が簡単に自分の膀胱に負けていいのかと。

サクラの勇姿を見損ねて
トイレという敗北の地に逃げ込んでいいのかと。

ダメだ

逃げちゃダメだ

1000円(映画デーで安かった)と、
この映画を作ったすべての人のためにも
私の中でゴングが鳴った訳です




私、(尿意と)戦う!!!





もうその戦いの熾烈なことと言ったら。
いやもうね、長州も真っ青ですよ
なんたってね、映画館
音響が凄いんだよね

さすが。
やっぱり映画は映画館でみるのが一番
間違いない。
もう重低音が、響く響く
もう、音じゃなくて振動なわけ

サクラがサンドバッグをパンチするたびに
もうダイレクトに振動が届いちゃってるんだよね!
某KOUにね!
もう何のことならパンチされてるのはサンドバッグじゃなくて
私の膀胱なんじゃないの?って思ったよね
膀胱を暴行されちゃってんじゃないの?って

強敵だった。

もう何度もギブアップしようって、白旗を掲げようって思った
一瞬でサッとトイレいって帰ってくれば対して見逃さないかもって思った

でも、サクラの試合をそばでサポートするセコンドのようにね
私のそば(隣の席)のおじさん、
途中棄権絶対に許してくれなさそうな雰囲気だった

何度サクラが倒れても「立ち上がれ!」って励ますセコンドの二人みたいに
「映画の途中で絶対に立ち上がるな!」ってオーラがガンガンに出てた

だってもう映画に感動して、めっちゃ泣いてた
いまもし一瞬でも彼の視界をブロックしたら
もう逆にこいつに殺されると思ったよね

思い詰めすぎて一回



いやもういっそこの場でして全部椅子に染込ませようかな



って

一瞬ね?
一瞬だけね?

おもったよ?
しなかったけどね?
それは、反則だから

フェアプレーしか、したくないから
トイレは、トイレで
それが、ルールだから。

そしたら映画もどんどんクライマックスに近づいて来ちゃって
最後の見せ場の試合でサクラがノックダウンされそうになって

朦朧とする意識の中
リングの床をガンってパンチするんです

もうそのパンチが

もう

ここぞとばかりに


響いて(会場と、心と、膀胱に)



ここだ!
って思った

私の最後の戦いの見せ場はここだ!!!!
って
私の膀胱が雄叫びをあげてた


私もう全力で膀胱周辺の感覚を無にした

神経を集中させて
尿意を膀胱からどんどん引き上げて
お腹に、胸に、首に、頭に引き上げた

中国四千年のマジックでできると思った
自分を信じた


そうしたらね

私の目から


水が


ひと雫


流れ出たんです



いやまあね、
サクラの奮闘に自分の人生が重なって感動しただけかもしれないんだけどね??
感動し

でも思った
完全に私は思った



「出た!!!尿が目から!!!!!!」



尿、目に移動した!!!!
中国四千年!!!!!


勝った!!!!!!!!!!!!!!!!!!!








そしてそのすぐ後
エンディングロールになったので

即座に席を立ちトイレに行きました



いや、良い映画だった
いやー、良い映画だったわ。

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ひゃっくり

さっっむい
さっっっっむいですよ

寒いと、
お〜さむ〜〜お〜さ〜む〜
って言ってしまって
いつのまにかオサム君を
呼んじゃってるみたいな感じになりますよね?
ね〜?やっぱりね〜 なるよね〜

なんかね、ひゃっくりがね、今止まらなくて
現在進行形でひゃっくりing right now でね
ヒャックリング FOREVER でね
これ、そろそろ死ぬんじゃないかなって
思ってるんだけど
いや、たかがひゃっくりと思うことなかれ
マジで死活問題だから
MAJIDE Live or die なわけ

私、自慢じゃないけど、
めっちゃめちゃ乗り物に酔うんです
車、バス、タクシー、電車、船、新幹線、ジェットコースター、
もうね、なんにでも酔う
今はまだましになった方で
車も一時間以内なら乗っても
グッタリするだけで済むんだけど
幼き日の私と言ったらそれはすごいですよ
乗り物酔いのチャンピオンですよ
乗車即GERO(ゲロ)なんて朝飯前だし、

一時期はもう、乗る前に吐いてた

今から乗るであろう車を見た瞬間に、既に吐いてた

地面に養分与えちゃってた
なんなら早吐きのチョーって呼ばれてた

そんな私がですよ
一定リズムで揺れる乗り物全てにもれなく酔ってきた私がですよ

今 この寒空の中
ひゃっくりといういわば体内の地震みたいなものにね
結構な長時間結構な震度で
揺さぶられ続けちゃっててね

酔わないわけがあるかっつーお話です

趙燁 21歳
今、生まれて初めて、ひゃっくりで酔ってます

1ひゃっくりごとに
寒さとゲロがね、ガンガンこみ上げちゃってる
娘が嫁に行く日の父親の涙かよってくらい
熱いものがね、胸にね、こみ上げてるね
これ、どうしたらいいのかね
気を紛らわせようと思って記事書き出したけど
ちっとも紛れなかったよね

もうね、出ても出なくても、
それはもう運命だわ
避けようのない赤い糸だわ
私の小指とゲロを赤い糸が結んでんだわ

この先は、読者の皆様(いるのか?)
の想像力に任せます

ゲロとちょーの物語は、まだ始まったばかり!!

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